世間には「タイムリー」という言葉があるが、私は今、あえてそこから大きく外れた話をしようと思っている。 なにしろ、先月二十九日のことである。私は仕事の都合で、アメリカはテキサス州、ヒューストンにいた。
そこで何を血迷ったか、ワールドカップの日本対ブラジル戦を観に行ってしまったのです。急に思い立ってチケットを手に入れたものだから、応援ギアの類(たぐい)は一切持っていない。 周囲を見渡せば、地平線の彼方まで黄色と緑のブラジル人である。その中にぽつねんと、アロハシャツを着た男が一人。はい、私です。
「全くスポーツを理解していない観光客」の風情(ふぜい)であるが、これでも私は中学・高校とサッカー部であった。下手くそではあったが。

なぜにアロハ?自分が一番謎。
ともかく、見た目が完全に「謎のアロハ男」であるため、周囲のブラジル人からは一ミリも日本人だとは思われていない。そんな奇妙な完全密室状態(スタジアムだけど)で、試合は始まった。
でも・・・、気が散るのである。試合ではなく、隣の席が。
私の隣には、アメリカ人の彼女とブラジル人の彼氏というカップルが座っていた。 これがもう、絵に描いたような不協和音を奏でている。アメリカ人の彼女はサッカーに一ミクロンの興味もないらしく、ずーーーっと携帯をいじっている。
彼氏は必死に機嫌を伺い、あれこれと貢ぎ物(飲み物や食べ物)を運んでくるのだが、彼女は「味が合わない」とばかりに一口も手をつけない。
挙げ句の果てに、その彼女が私に話しかけてきた。 「これ、フローズンのお酒。甘すぎて飲めないから、あげる」 私の席のカップホルダーに、どさりと置かれた。 飲むか、そんなもん。
そんな隣席のメロドラマのせいでサッカーに集中できずにいると、なんと、日本が先制ゴールを決めたのです。
その瞬間、私は我を忘れて「おー、YES!」と叫び、ガッツポーズを繰り出していた。アロハの下のサッカー部魂が爆発したのである。 一斉に、周囲のブラジル人が私を見る。「なんだ、お前、日本ファンだったのか!」と言わんばかりに、ドシドシと私の肩を叩いてくる。
これは一体、何のジェスチャーなのだろうか。「おめでとう」という祝福なのか、それとも「この野郎」という威嚇なのか。アメリカの?それともブラジルの?スタジアムの作法は難しい。

Away感が・・・。
関係ないけど、ハーフタイムになり、小腹が空いたのでホットドッグを買った。 考えてみれば、ホットドッグなんて何年ぶりに食べるだろう。「まあ、パンにソーセージが挟まっているな」という以上の感想は出ないのだが、アメリカの球場で食べるホットドッグは、なぜか異様に旨い。ケチャップとマスタードのみの味付け、そしてあの雑な包装。やはりスポーツ観戦における正装はホットドッグなのだ。
さて、後半戦である。 どうも嫌な予感がしていた。周りのブラジル人たちが、一点負けているというのに、やけに余裕をかましているのである。「いけるっしょ」という、あの南米特有の、軽すぎるノリ。日本に負けるなんて、これっぽっちも思っていないのだろう。
案の定、同点に追いつかれた。 彼らの「いけるっしょ感」の的中である。
よし、今度は私の番だ。私は手当たり次第、周囲のブラジル人の肩をバシバシと叩き返してやった(ただし、携帯泥沼中の隣の女性だけは、触らぬ神に祟りなしでスルーした)。 この肩叩きジェスチャーの正確な意味は不明だが、この時の私の心境は、完全に「この野郎、何してくれてんだ!」であった。
結果は、皆様ご存知の通り、日本は惜しくも敗れてしまった。 ブラジルの逆転ゴールが決まった瞬間、周囲の奴らが「さあ、肩を叩け!」とばかりに嬉々として私に近づいてくる。 ここでようやく気がついた。あのジェスチャーは、「やったな!」「よかったな!」という、純粋な歓喜のスキンシップだったのだ。
しかし私は、あくまで「この野郎……!」という怨念を込めて、彼らの肩を力いっぱい叩き返してやった。
私が現役で泥にまみれてボールを蹴っていた頃、ちょうどJリーグが開幕した感じ(ちょうど盛り上がり)。当時はよくスタジアムへ足を運んだものだが、実は高校を卒業して以来、サッカーからはすっかり遠ざかっていた。今の選手も、戦術も、正直よく分からない。
そんなド素人同然の私が、数十年ぶりに生で観戦して驚いたことが二つある。
一つは、日本人選手の「体格」である。 私の古い記憶では、日本の選手は海外の巨漢たちに比べてどこか「華奢(きゃしゃ)」なイメージがあった。ところがどうだ。今の選手たちは皆、ガッチリと逞しい。むしろブラジル人より体格が良く見えるほどで、時代の進化に腰が抜けた。
もう一つは、「ゴールキーパーの重要性」だ。 まるでアイスホッケーを見ているかのように、キーパーの一挙手一投足が勝敗を直結させる。
それにしても、あえてサッカーを知らない単なるジジイとして言わせて貰っちゃう。日本のスポーツは、確実に、そして逞しく、明るい未来へ向かっているのだと肌で感じたよ。
おそらく、私の人生において、これが最初で最後のワールドカップ現地観戦になるだろう。 今になって冷静に振り返ると、「よくもまあ、あのアウェイな空間に一人で行ったな」と自分でも呆れる。
だが、あの熱狂、あのホットドッグ、そしてあの理不尽なフローズン酒。 トータルで考えれば、大いに楽しんだのだから、それはそれで良し、とすべきですね。

ありがとう。侍ジャパン。








